非上場会社における従業員持株会
従業員持株会とは
従業員持株会とは、会社の従業員が当該会社の株式の取得を目的として運営する組織をいいます。
2020年3月末現在の東京証券取引所上場内国会社3,708 社のうち、少なくとも3,236社(87.3%)が従業員持株会制度を有しており、上場会社においては広く普及しているといえます。
近年では、非上場会社においても、従業員の福利厚生の充実、経営への参加意識の向上、さらには株価上昇へのインセンティブの提供といった施策のために導入する会社が増えています。平成30年の調査によれば、従業員数が51人から100人の規模の会社では約20%が持株会制度を導入済みとなっています。
なお、非上場会社においては経営者の相続対策も目的としているケースも多く、また、非上場会社の株式は取引相場がないことから、上場会社の従業員持株会とは異なる観点での設計および運営が必要になります。
従業員持株会のメリット・デメリット
(1)経営者の観点
経営者の観点では、
・従業員の経営への参加意識の向上を促進しつつ
・安定株主を確保でき、
・相続税対策になる
といったメリットがあります。また、従業員持株会という組織を通して株式を保有してもらう、間接保有の形式になる点が重要です。持株会を設けずに従業員が株式を直接保有する形式をとることも可能ですが、従業員が退職する際にその都度買い戻し価格を決定しなければならない、価格交渉が折り合わない、最悪の場合退職に間に合わず退職後も引き続き株主として留まってしまい、結果として社外に株式が流出してしまう、といったリスクが考えられます。従業員持株会を通した間接保有のかたちをとっておき、退職時には持株会を退会する、買い戻しは持株会が行うといった事項を持株会の規約等であらかじめ定めておけば、このようなリスクを回避することができます。
一方で、経営者の観点からのデメリットとして、
・持株会を設計して運用することに一定のコストがかかること、
・従業員持株会に株主としての権利を行使されるリスクがあること、
・非上場会社の場合、従業員持株会に参加している従業員に会社の決算情報を開示する義務が生じること、
などが挙げられます。
(2)従業員の観点
従業員の観点では、上記で記載したように、福利厚生が充実すること、経営への参加意識が向上することなどがメリットとして挙げられます。
逆に、デメリットとしては、個人資産の運用先が半ば強制的に固定されてしまうこと、配当収入は会社の業績に左右されその期待値は必ずしも大きくないこと、仮に会社が倒産などしてしまった場合に資産と仕事を同時に失うことになる、といった点が挙げられます。
従業員持株会の運営方式
従業員持株会の運営方式は、(1)証券会社方式と(2)信託銀行方式があります。証券会社方式はさらに、①全員組合員方式と②少数組合員方式に分かれます。上場会社のほとんどは(1)証券会社方式の①全員組合員方式を採用しています。これらの概要を以下で説明します。
なお、上場会社については日本証券業協会が公表している「持株制度に関するガイドライン」(会員の証券会社や信託銀行が持株会の業務を受託した際の指針)による取り扱いがなされています。ガイドラインに準拠することにより、上場会社が遵守すべき各種の法令に沿う形で持株会を設立・運用することが可能になっていますが、非上場会社においてはこれらの法令をすべて遵守する必要はないため、必要な部分のみを参照して持株会の規約等を独自に作成し運用することも可能です。ただし、準拠せずに独自の方式で設立・運営する場合は証券会社に運営を委託できないため、自社で運営するか、会計事務所などの専門家に運営を委託することになります。
(1)証券会社方式
①全員組合員方式
全員組合員方式とは、持株会に参加する従業員の全員を持株会の会員とする方式です。持株会は民法上の組合として組織されます。持株会には、会員総会、理事会、理事長といった機関を設けます。
会員は、持株会の規約に従って拠出金を持株会に出資します。出資した拠出金は組合財産となります。持株会は、拠出金を原資として会社の株式を取得します。取得した株式は組合財産となります。各会員は、出資額に応じた持株会の持分を有することになります。
各会員は、当該持株会の持分を持株会の理事長に信託します。これによって持株会が有する株式は理事長(持株会)名義となります。株式の議決権は理事長が行使します。会員の指示により不統一行使も可能です。株式に対する配当金は持株会や理事長名義で支給されます。
②少数組合員方式
少数組合員方式とは、一部の従業員を会員として持株会を組織し、その他の従業員は持株会と契約することによって参加者として持株会に参加する方式です。こちらも、民法上の「組合」として組織されます。持株会には、会員総会、理事会、理事長といった機関を設けます。通常、会員すなわち一部の従業員は、労務を出資します。
参加者は、持株会の規約や約款に従って積立金を持株会に拠出します。ここで拠出された積立金は組合財産にはなりません。持株会は、規約や約款に基づいて、参加者との間で株式取得手続の代行に関する契約を締結して、参加者を代行して株式を取得し、取得した株式の管理を行います。取得された株式は各参加者の共有財産となります。各参加者は、拠出額に応じた共有持分を有することになります。
各参加者は、拠出額に応じた共有持分を持株会に信託します。これによって持株会が有する株式は理事長(持株会)名義となります。株式の議決権は理事長が行使します。会員の指示により不統一行使も可能です。株式に対する配当金は持株会や理事長名義で支給されます。
(2)信託銀行方式
信託銀行方式とは、持株会の会員が信託銀行と信託契約を締結することにより株式の取得および管理を信託銀行に委託する方式です。持株会に参加する従業員の全員を会員とする持株会を「任意の団体」として組織します。持株会では、理事長を選出します。
会員は、信託銀行との間で自己を委託者かつ受益者として金外信託契約を締結します(実際には理事長が各会員から授権して行います)。会員の拠出金は信託銀行に信託され、信託財産になります。信託銀行はそれを原資として会社の株式を取得します。取得された株式は信託銀行が名義人の信託財産となり、会員は信託受益権を取得します。信託財産に生じた損益は拠出金額に応じて会員が享受することになります。
株式の議決権は理事長の指示に基づき信託銀行が行使します。理事長を通じた会員の指示により不統一行使も可能です。
従業員持株会の参加者の範囲
上場会社においては、ガイドラインによる制限があるため、会社の従業員、子会社等の従業員に限られています。非上場会社においても、持株会の趣旨から、参加者は従業員に限ることが通常です。従業員の雇用形態による制限は特になく、規約等で定めることになります。たとえば、一時的なパートタイマーは除くが、雇用が長期にわたっているパートタイマーについては参加を認める、入社後x年経過した従業員に参加を認める、など。
また、非上場会社で従業員の中に経営者の親族、すなわち同族株主がいる場合、状況により税法上の評価額が他の従業員と異なる可能性があり、持株会の設計上検討が必要になることがあります。
なお、持株会の投機的な利用を防止する趣旨から、持株会を中途退会した者の再加入は原則として認めないのが一般的です。
会社の役員は、従業員持株会に参加できません。必要に応じて役員持株会を設置します。
従業員持株会の資金管理と株式取得
(1)資金調達
従業員持株会の資金は、会社の株式を取得するため、また、退職者から持分を買い取る際に必要となります。一般的には次の方法により調達することになります。
- 会社や金融機関からの借入
- 従業員からの拠出
- 取得した株式への配当金
- 奨励金
持株会に参加する従業員からの拠出は通常積み立て方式を取りますので、持株会の設立当初は多額の資金を用意することが難しいことがあります。そのような場合には、会社もしくは金融機関から資金を借り入れることになります。ただし、持株会を民法上の組合として運営する場合、組合の債務は総組合員に帰属しますので、その点に関する会員や参加者に対する説明が必要と考えられます。
従業員からの拠出は、給与や賞与からの天引きの形を取るのが一般的です。この拠出に対して会社が奨励金を付与することがあります。上場会社では、拠出金の10-15%の奨励金を支給している会社が最も多くなっています。
(2)株式の取得
上場会社では株式市場から容易に取得することができるため、定期的に取得するよう規約で定めています。
一方、非上場会社の株式は市場がないため、会社の第三者割当増資、退職者からの買い取りなどの機会に限られます。このため、通常、従業員から定期拠出された資金や奨励金は持株会に現預金のかたちでプールされ、そのような機会が生じたときに株式取得のために使われることになります。
(3)退職者からの買取
持株会の会員が会社を退職する際には、持株会でその持分を買い取るよう規約で定めておくのが一般的です。また、買取価格が決まらないことを防止するためあらかじめ規約で買取価格を定めておくことが推奨されます。
買取価格は、持株会が資金不足に陥ることを防ぐため、取得価額と同額に設定することが一般的です。ただし、会社が実施する配当の金額によって、買取時の税務上の評価額が大きく変動する可能性があるため、留意が必要です。
上場会社の持株会の場合には退職者から買い取った持分に相当する会社の株式を株式市場を通じて売却するなどの方法で資金を確保することが容易にできますが、非上場会社の場合はそのような資金調達が難しいため、会社の株式を取得する際にあらかじめ退職が見込まれる分の買取資金を残しておく(集めた資金の全額を株式取得に充てない)など、独自の資金管理が必要になってきます。
従業員持株会の設計
(1)機関
従業員持株会には、会員総会、監事、事務局、理事会、理事長といった機関を置きます。
理事会のメンバーとなる理事や理事長は持株会に参加する従業員から選任することになります。したがって会社の従業員ではない役員や社外のメンバーはこれらになることはできません。たとえば、総務部長や経理部長が就任します。
事務局は、持株会内のメンバー(総務部員など)が担当しますが、外部(会計事務所など)に委託することも可能です。
(2)規約、細則
持株会の目的や範囲、行動方針などを定めた規約を作成します。また、詳細な事項を定めた細則を作成することもあります。
一般的には、規約の改定は会員総会の権限、細則の改定は理事会の権限、と規約内で定めますので、将来改定が想定される事項は細則に定めておくことが実務的です。
(3)会社の株主総会での議決権の行使
会社の株主総会では、持株会の理事長が議決権を一括して行使することになります。持株会の会員や参加者は株主総会に参加しませんが、自己の持分に応じて理事長に指示をすることが可能です。理事長はその指示に従って議決権を行使しますので、場合によっては不統一行使となることもあります。
理事長は、議決権を行使する前提として、株主総会の議案や決算書類などが記載された招集通知を事前に持株会の会員や参加者に周知することが必要です。
(4)持株会による持株比率や株式の種類
株主総会は会社の最高意思決定機関です。会社の従業員から構成される持株会であっても、経営者とは別の観点で思考、行動することも十分にあり得ますので、持株会が会社の株式をどの程度保有するのか、持株必率をどの程度にするのか、はあらかじめ慎重に検討しておくべき事項です。
選択肢の一つとして、種類株式を導入することが考えられます。たとえば、議決権を制限する代わりに配当を優先する株式を持株会に割り当てる方法です。従業員の福利厚生の充実という観点からは問題がないと考えられます。一方で、従業員の会社経営への参加意識の向上という観点ではトレードオフの関係にあるといえるかもしれません。
従業員持株会と関連法令
(1)民法
従業員持株会は民法上の組合として設立するため、規約にその旨を明示しておくことが一般的です。
(2)会社法
奨励金の支給が、株主の権利行使に関する財産上の利益供与、自己株式の取得規制、株主平等原則、有利発行規則などに反するかどうかが問題となることがあります。会社は、奨励金が従業員の福利厚生の一環であり、またその金額が社会的な常識に照らして妥当なものであることが重要です。
(3)投資信託及び投資法人に関する法律
持株会が取得できる株式(有価証券)の範囲をむやみに広げると、同法の第7条(証券投資信託以外の有価証券投資を目的とする信託の禁止)に抵触してしまう可能性があります。上場企業のガイドラインでは持株会が取得できる有価証券を自社の株式に限定しています。非上場会社においてもこの点は同様です。規約で定めておきましょう。
(4)金融商品取引法
①第一項有価証券の規制
非上場会社の発行する株券は第一項有価証券に該当します。会員が50名以上の持株会が株式を取得する場合、その取得が第一項有価証券の募集または売出しに該当する可能性があります。該当した場合には、会社は有価証券届出書や有価証券通知書などを内閣総理大臣に提出する義務が生じます。
この点については、下記の要件を満たす場合には持株会を一人株主として取り扱うことができるとされていますので、下記要件を満たすよう規約で定めておく必要があります。
- 株主名簿に持株会(理事長)の名義で記載されておること
- 議決権を持株会(理事長)が行使すること(不統一行使を妨げない)
- 配当金を持株会(理事長)が一括して受領し管理すること
②第二項有価証券の規制
持株会が民法上の組合に該当する場合、持株会がいわゆる集団投資スキームに該当し、組合契約に基づく権利が第二項有価証券に該当する可能性があり、その場合は、会員が500名以上になる持株会への加入勧誘が第二項有価証券の募集に該当する可能性があります。該当した場合には、持株会は有価証券届出書を内閣総理大臣に提出する義務が生じます。
この点については、要約すると、下記要件を満たす場合には第二項有価証券から除外されるとされていますので、下記要件を満たすよう規約で定めておく必要があります。
- 株券の発行者の従業員が当該発行者の他の従業員と共同して当該発行者の株券の買付けを、一定の計画に従い、個別の投資判断に基づかず、継続的に行うこと
- 1回あたりの拠出金額が100万円未満
- 会社と子会社の従業員のみで構成
金融商品取引法の規制は複雑になっていますので、持株会を設計する際には専門家の支援を得ることをお勧めいたします。